狂気の沙汰・・・銃乱射事件・・佐世保にて

hitto2007-12-15

この日本で、又銃の乱射事件が起きた・・・恐ろしい世の中になってきた。
無差別に行われるこんな犯罪には、どうやっても立ち向かう術が無い・・・。

子供が多く集まる場所で、狂気の沙汰と思える犯罪・・・どうしたら、こんなやけくそな犯罪を思いつくのだろう?
銃の規制は勿論のこと、あらゆる公共施設に警官を配置させなければ、落ち着いた生活なんて出来なくなる。

新聞の一面には、泣き叫びながら逃げ出してきた親子の姿・・・建物の中の惨状を想像するだけで背筋が凍る思いがする、恐い、恐い・・・。
犯人は亡くなった・・・けれど多くの人達に傷跡を残したまま、震えが止まらない。
つくづく、人は愚かな生き物だ・・・と思う。

耐えかねる恨みとは、どれ程の感情が高ぶるのだろうか?
憎い相手を殺して、自分も死ぬ・・・他にとばっちりがいっても、自分も死ぬのだからそんなの関係がないのか!犯行心理など分かる筈もない私だが、それがどんなに愚かなことだということぐらいは分かる。

殺したいほど憎い・・・この世界には、不条理なことが溢れている。殺したいなどと思わないまでも、悔しい、辛い、死にたいと思うことはあるだろう。
本当はそこまでの感情を持ったことがない?(今は思いつかない)ので、これ以上書くのはどうかと思うが、犯人の抑えることの出来ない感情をどの場面でも癒されることがなかったのだろうと、いうことは察しがつく。

本人の思い込みだけで行動するのは、犯罪でなくとも 大きな誤解があったりするものだ。
それとも、銃を持ったことで、一度は使ってやろう、と時期を狙っていたのだろうか。それこそ、きちがいに刃物(差別用語だろうと、凶暴な犯罪に対してはこの表現が一致すると思う)殺したいほど憎い・・・こんな犯罪によって殺された身内の方は、犯人を殺したいほど憎いと思うに違いない。

昨日、仕事をしながら、イングリッド・バーグマン、最後の映画出演「秋のソナタ」という映画(録画)を見た。今日は、この映画のことを書こうと思っていたが、こちらも重すぎる内容・・・重すぎて、気持ちも塞ぎがちだった。
母と娘の確執・・・確かに親子でありながら、長期にわたり思いがすれ違っている・・・取り返しのつかない母娘の不幸・・・明日にしておこう。