手術後・・・25日目

hitto2009-01-10

手術前のお爺ちゃんと、手術をしてからのお爺ちゃんとを(今日までの結果論です)比べると、この段階では手術は失敗だった・・・と今は思う。
一昨日病院からは、リハビリの病院へ移る準備をするために、一度リハビリ病院の見学を・・・と進められてしまったが・・・(早く退院させてリハビリに専念させたいのだろう)


それより前に担当医の説明を受けなければ納得できない。
今のお爺ちゃんにリハビリをする体力はないように感じている(昨日今日のお爺ちゃんの様子がショックだったのかも・・・毎日印象が違うのです)
元気が失われ衰弱しているのが見てとれて辛い。


一昨日は本人の希望で、入院して始めての入浴・・・さぞ喜んでいるだろうと思っていたら、発熱して翌日のリハビリは出来なかった・・・・・入浴する体力さえなかった・・・もう頑張ろうとは言えなくなってしまった・・・「立つことが出来たらもういいよ・・・」と、お爺ちゃんに言うと、お爺ちゃんはニッコリ笑っていた。


手術前は、ジーッとこちらの目を見て話が出来ていたが、今は終始目が虚ろ・・・肩を叩いて話しかけなければ、こちらを見てくれない。
それもホンの少しの間・・・すぐに目は天井を仰いでうつろになる。


手術前は自力で上半身を起こせていたが、今は起こそうともしない。
ひげ剃りを当てても寝たまま、食事は半分も食べられない。
時々訪れるせん妄状態・・・これが曲者、この状態にある時は気が立っていて元気に見える・・・ところがその間は睡眠時間が削られ、体力の消耗も激しい。
その後、我に返るとリハビリより数倍疲労したお爺ちゃんがいることになる。



そうは言っても、あの時に手術を拒む術はなかった・・・確かに担当医は手術をしなくともいいですよ、と言った。
突然歩けなくなったことに、ワラをもすがる思いでいたお爺ちゃんも、私達も、手術をする以外に希望を繋げることなんてできなかった。
手術中に起きるリスクも考えていたし、大袈裟に「死んでも悔いはない」とも言っていた。
手術室に運ばれて行くお爺ちゃんには十分な気概があった。



あれから3週間が過ぎ、手術の傷口も癒えてはいるが、気持ちはどんどん塞いでくる。快復の兆しが見られないのと、体力の衰えがそのまま精神力の衰えをよんで励ます手だてがない・・・色んな手を使い励ましてはいるのに反応が鈍く届かないのです。

綾戸智絵さんのCM「生きる事がリハビリや・・・」と、その気持ちを今になって実感している。
誰にでも起こり得ることなのだと気付くには、身近に起きて始めて分かることなのだと思う。
病は突然やって来るのだ・・・まるで交通事故と一緒だと・・・つくづく感じながら、それを受け入れ戦うしかないのです。
ふり掛かる病に悔しい思いをしながら、その運命を恨んだところで何も解決しない。
人体のもろさを感じながら自分も覚悟をしなければならないのだろう・・・何時か必ず訪れるものに。


気落ちしているので、なかなか前向きになれない・・・数日後には手術をして良かったと言いたい・・・。