「プレイス・イン・ザ・ハート 」 1984年・アメリカ 映画

hitto2009-03-14

昨日から続く長雨で気持ちまで暗く沈んでしまいそう。
居間も薄暗く、部屋の窓は湿った空気が張りついてくもり、外の景色がまるで見えない。
ただ雨垂れの落ちる音は優しい。



昨日夕飯の準備時にFMラジオからアート・ガーファンクルの「Hang On In」が流れ、もう一度CDを出して酔いしれている。
金曜日の夕方は、よくアーティの曲が流れる。
きっと何処かに私と同じようなファンがいてリクエストしているのだろう・・・そんな事を思うと嬉しくなる。


プレイス・イン・ザ・ハート 」 1984年・アメリカ PLACES IN THE HEART
大恐慌時代のテキサスの広大な大地を舞台に、家族を守ってひたむきに生きる女主人と彼女を取り巻く人々の姿を描き、家族愛、そして人間愛をうたい上げた感動作。「クレイマー、クレイマー」のロバート・ベントン監督の自伝的作品で、大地のような豊かな女性像を体現したサリー・フィールドの好演をはじめ、各映画賞で絶賛された。アカデミー主演女優賞(サリー・フィールド)、脚本賞受賞。     byNHK



観たのは2度目、アカデミー主演女優賞のサリー・フィールドは、「ER」でアビーの母親役を好演していた。
プレイス・イン・ザ・ハート 」今から20年以上も前の作品だけれど、時代は1935年だから・・・日本なら昭和10年。
アメリカ、テキサスの昔を見るのは楽しい。
血生臭い西部劇とは違い、こんな人間ドラマには時代に流されない今に共通した教えがあるので大好きです。


昔観ていたアメリカドラマ「ドクター・クイーン」を思い出しました。
毎週いろんな問題が起き、果敢に解決していくDrクイーンの家族が大好きでした。



もとい、「プレイス・イン・ザ・ハート 」保安官だった夫を突然亡くして始まる・・・残された家族と、流れ者の黒人モーゼス、下宿人ウイルとが協力し合って一家の危機を乗り越えていく。
突然夫を失う・・・この不安を私も時々抱く・・・自分には何も取り柄がないと、途方にくれてばかりではいられない。
残された子供2人との暮らしを守らなければ。母は強し、こんな困難な状況でも、一か八か頑張ってみる。



黒人モーゼスを雇い入れたことで、エレナ(サリー・フィールド)は力強い味方を得ることに。
モーゼスは綿畑の知識があり、経験豊富な頼もしい男です。
もう一人、借金返済に悩むエレナに下宿人として紹介されたウイル、目が不自由で気難しい感じがするが、それはここに来るまで心を閉ざしていたからだった。
ある日の竜巻で一家の団結が強くなる。


前回観た時にもこのシーンが印象的で、アメリカの竜巻のニュースを見る度このシーンを思い出していた。


借金の返済には、ただの綿畑の収穫では賄えない。
そこで思いついたエレナ、収穫一番のりの「100ドルの賞金」無謀だとモーゼスに諭されるが、ここで引き下がらないエレナ。
モーゼスとウイルを前に
「家を失ったら、あなたは放浪生活にもどり、ウイルさんは施設に送られ、私は家族を失うわ。たとえ何があろうと私はやり遂げてみせる。諦める弱虫には用はないわ!」と啖呵を切る。
ここがなんてたってしびれます。やらなきゃ分からない、だからやるのでしょう・・・の展開が大好きです。



さあ大変、辛い収穫が始まります。
この心意気がなければ多分無理だったでしょうが、夜も徹しての収穫です。ここでもモーゼスが10人もの助っ人を集め、頼りがいのあるところを見せます。
そしてウイルは料理をしてみせ協力するのです。子供達も指を痛めながら収穫の手伝い。総出で頑張った甲斐があってエレナの綿畑の収穫が一番乗りでした。


交渉のときにもモーゼスはエレナに的確な助言をする。
交渉が巧く運び、喜び勇んでパーティーが開かれる。

その夜にモーゼスは白頭巾の男たちに襲われてしまう。
こういう場面はこの時代の米ドラマによく見られる。
その気配を知った盲目のウイルには姿なんて関係がなく、その声で誰かが分かる(実は気の弱い隣人だった)・・・そして犯人逮捕の筋ならいいが、翌日モーゼスは身を引いてエレナの家を出て行ってしまう。
一家は救われましたが、モーゼスが去って行くのは許せない単純な私です。

人種差別の問題提起なのか、ラストの教会でのシーンが幻の理想なのかもしれない。