まったりと

hitto2009-03-17

今週は春分の日が金曜日、後の土日で一週間は忙しく過ぎてしまいそう。
昨日に続き今日も良い天気に恵まれました。


早朝、長男が3泊4日の卒業旅行から帰宅。夜行バスのせいかグッタリしている。
チョコレート菓子が一折と洗濯物がお土産なのか、どっさりとカゴの中に放り、そのままベッドへ直行、無事故で帰ってきたのが何より。


日常をつづると別段変化のない生活、これを幸福と感じることもブログを書いていなければ残されず、時間と同様に流されてしまう。読書や映画、ドラマにしても他人の生活や考え方を自分の尺度で計っているようなもの。
それに今はHPやブログが加わり、様々な人の暮らしを見ることができる。


文面の感動や苛立ちからその人の今を想像したりして、中には研究熱心な文章に出会うと心から敬服するばかり。
どちらかというと書いても差し障りのないことばかりが目立つが・・・(と言って、ネットの中の一握りしか知らない私)自分の陰の部分はそうは語れないものかもしれない。
苦しいと嘆けば、それはもう病に冒されているか、そうでなければ、それくらいのことでと反論が起きそうだ。


結局自分の尺度に見合った考えでなければ自分のことは見えてこない。
幸せは自己満足でいいと言い聞かせていたが、角が取れ自己満足の尺度は若いころに比べてずっと小さくなった。
多くのことを望まなければ、些細な出来ごとが喜びになったりするし。


生きていれば、何らかの転機が幾度も訪れ、その都度感じることや暮らしが違って見えてくる。
狭い空間の日常でも言葉やメールを交わせば、感謝の言葉が聞けたり、逆に自分も感謝して、互いに励まし合うのだろう。

気持ちが安定しているのは、まわりの状況が安定していることで、意識もなく持ちつ持たれつ関わることかもしれない。


さて、今週は一日少ないが、私の今日の仕事である品が、どこかの誰かが気持ちよく使用できますように、急いでいるが丁寧に取り掛かかるとしようか。