ノーベル平和賞

hitto2009-10-12

晴天、昨日の夜更かし&二日酔いの身体に喝を入れるように、朝はウォーキング、8400歩弱の歩数を達成、後は買い物くらいで1万歩を軽く超えられそう。


昨夜は2家族を誘い賑やかにお祭りの宮入を見学、その後の宴会へと続き楽しいひとときを過ごしました。
平成8年度の子供会役員時代からのお付き合い。
当時の子供達は23歳を迎えてしまった。親の方は一向に成長した気にはならないけれど、子供達は立派に成長している。
子どもたちの近況を聞くのは楽しい。けれど殆どが愚痴のようになってしまう。この辺が親として成長していない証拠なのだ。
余所の子はどうしてこうも立派に見えるのか、互いに慰め合い、けなし合い、褒め合っていました。


11時頃に、我が家の長男が帰宅して、大人6人の質問攻めにも負けず仲間入り、勧められるままビールを1本空けると、顔を赤くして普段見せないような饒舌ぶり、久しぶりに会う親たちの顔を見て話す姿は、やはり時の流れを感じずにはいられない。
それに小さい頃から長男が構い続け可愛がっていた最年少の弟が、中学2年生になって、親に同伴してきたので(本人は後悔している様子)長男が見るなり「大きくなったな〜」とオヤジ臭い言動に自ら気付いたからで、小学生の5年と18歳からの5年とじゃ比べものにならないくらい成長の度合いが違うってこと、見た目も中身も少年の成長は著しい。


今は、それぞれに公私共に忙しくしていて、悩みは多く尽きないけれど、後10年、20年と変わらぬお付き合いが出来ますように。


今年のノーベル平和賞に選ばれたオバマ大統領。
手つかずの絵を絶賛されてしまった画家のようだ。ノーベル賞という称賛は、借金のようなもので、「絵」をいかにして完成させるのか、ノーベル賞委員会が称賛されるに相応しい「絵」の完成をオバマ大統領に迫っている。賞の前借りをしたオバマ大統領を世界の目が見つめている。悩むだけの価値のある「絵」である。と、10日付けの編集手帳の文面を簡単に解釈してしまった。


賞を受け取ると決めたオバマ大統領、期待に応えるのはそうた易いことではないけれど、平和への思いを叫ぶのなら声を揃えて叫びたい。