病気の知らせ

hitto2014-03-26

今日は雨、暗い気持ちになりがちですが自分に気合いを入れましょう。



月曜日の夜、身内に大病があるとの知らせが入る。
私の携帯に携帯番号が表示され、出るのを一瞬躊躇ったが、電話の向こうの声の主は普段電話を掛け合うこともしなかった義兄だった。



一瞬いやな予感はしたものの敢えて明るい声で対応していた自分が今になっても不可解だ。

義兄は普段から声の大きい人で、どこか相手を威嚇するような雰囲気のある人なので、無意識に私は義兄に負けまいと強がって対応していた節があるのです。

前の日姉が自宅で倒れ、病院で精密検査を受けた結果、手術が必要なこと・・


義兄があまりに突然に姉の病名を告げたので愕然としてしまい、義兄の声が意識から遠のいてしまいそうになるのを必死にこらえて事の成りを聞いていました。

義兄も早口で私と実妹の名前を間違ったりして、混乱して興奮気味だったのだ。


携帯電話を持つ手が震え、これから先のことを考えようと努めるが、頭の中は恐ろしい病名がぐるぐると回るばかり。
無事手術が成功するように両親の遺影に手を合わせるしかなかった。
間違っても姉の手を掴むことのないように、何遍もお願いした。

病院を移ることや手術の日程など、今は連絡を待っている状態。



一日が経って、昨日はあまりに大雑把な病名だと思い、ネット検索を自分なりにしていました。

こんな時は無事に手術を終え、今も元気に暮らしている方の言葉を求めたがる。

癌は交通事故のようなもの、合ってしまったのが運命と普段から豪語していた姉だったが、何で自分が侵されなきゃならないのか、ベッドに伏す姉の気持を思うと夜も眠れないほど居た堪れない。

こればかりは答えがないし、あまりに人生の不条理。

病気になって失うものが命以外ならば何とか我慢しよう、これから得るものだってあるだろうし、一日一日を感謝して生きよう・・だからと言って、そんな綺麗事で納得しても元の身体は戻っては来ない。


それは自分にも言えること、似通った遺伝子を持って生まれた姉妹なのだから。
次は自分もと思うことを拒絶したいが覚悟がいるってことだ。


老いに対しても同じことだから、寿命の尽きることは自然の法則なのだ。

寿命自体が不条理なものだし、敢えて考えないようにして今を精いっぱい生きるしか術がないのだろうな。



だけど10年前よりも今はずっと発達してきた医療を受けられる。
精密な手術器機を操る医師に望みの全てを託し、何より姉の生命力を信じよう。