A君の留学。そして、T家の引っ越し。

電話がTさんから入った。(金曜日)
やはりA君の留学の件だった。(長男と同期)
カナダへ半年、又は1年の留学らしい。
日曜日(3日)に出発するので、前の日くらいは、送迎会で親戚、家族と共にゆっくりしたいであろうが、昨日の今日知る事になったので、2日の晩に、我が家に呼び出してしまった。
気の毒な気もするが、こちらも、餞別を渡すのは、その日しかない。
私は何を準備したらいいのか分からないが、T夫妻とも8時に約束している。
部屋を小綺麗にして、酒のあてになるものを準備しなくちゃ。
買い物?しないで、済ませたい。が、・・・

日曜日は、Tさんの売りに出していた家が、やっと売れたので、残りの荷物を運ぶ。
その、お手伝いを頼まれているので、夫とゆっくり、買い物が出来るとは思えない。

久しぶりに会うA君は、身体が前にも増して大きくなって、我が家の痩せ細い長男の倍もありそう。
カナダへは、「この格好で行く」と言って真新しいブレザー(冬物)を片手に挟んでいた。
心は、既に、カナダだ。
冬は、零下30度になるらしい。
北海道どころではない。


土曜日は、長男も次男もバイトが無いのでお気楽。
久々に長男もA君に会って「でかくなった」と一言。


長女は朝から、部屋で何かしているが。
前の晩、長女の口座に入金があったらしく、「お母さん、15万までなら貸せるよ」と頼もしい、お言葉。
「11月には、札幌行きの予定があるので、本気で貸して欲しいよ。」何て、親の威厳もあったものでは無い。


面目ない。


「頑張ってるね。」と長女に、私は、声に出して言う。
「このままじゃ、頼れる親ではなく、頼りにされる子供になってしまうから、今のうちに、(この情けない母からは、)離れた方が良いよ。」と言う。

私自身、子供を当てにする親には、なりたくない。が、いつの間にか、時間(年齢)と共に弱気になる自分に気づく。

いけない、いけない。
自分もしっかり自立しなければ。


それには、やはり自分の世界を持たなければ。

趣味も仕事も友人も。健康に留意しながら。

日曜日は晴天。
土曜日は久々、3家族が我が家に集合してA君の健闘をたたえるべく、小額の餞別を渡した。後は、取り留めのないお喋りと酒盛り。
日曜の朝9時には関空へ向かい、出発は4時とか。



昨日は一日、T家に振り回された一日だった。
手際が悪く、のらりくらりと時間が掛かりお父さんは、呆れ顔。
だが、兄弟の様に慕う相手なので、楽しみながら汗を流した。

いる物、いらない物を分別して、植木の整理をし、すき屋で簡単に昼食を取ってTの新居へ。
(勿論おごり)財布はいやらしく出してはみたものの。
向こうの方が、恐縮していたので。
むげには断れない。

T家に着いてからが、又大変。
荷物の整理。

物置を買いに行って、配置。

あれやこれや置き場所に妥協するところだったが。
私の意見で、もう一度配置を変えたり。

結果、辛どい思いはあったけれど、T家の次男の手も借りて、何とか、思う場所に落ち着いた。
使い勝手も良くなった。
そして、荷物を押し込み、息着く暇も無く、一杯のアイスコーヒーを飲んで、T家を後にした。


帰りの高速を抜けたのは、既に7時を回ろうとしていたので、おじいちゃんの夕飯が遅くなった。
が、それ以上に沢山の手土産を持たされ、逆にこちらが、恐縮して、帰宅した。


スーパーで、簡単に弁当を買って帰った。
お陰で、後片づけも楽で良かった。
食べた後に、おじいちゃんは何度も、「たまには弁当も良いな」と「弁当が美味しかった」と言ってくれた。

しかも、今朝も同じ事を言われた。
弁当が美味しいと何度も誉められてもね。

複雑・・・。


まあ、私の気持ちを楽にしてくれたのだろう。
子供達は、口を揃えて、もう一つ、不味いと、文句たらたら、だったから。



A君は、無事カナダへ旅だったと、メールで報告があった。

両親である友人は、やはり、寂しいものだったのだと、メールを読んで察する。
半年、一年?子離れ、親離れには、絶好の機会だろうが。
留学とは、そうそう誰もが、我が子を送り出せない。

我が家にとっては、先立つもの(経済状況)が何と言っても無い。


一回りも、ふた回りも、逞しくなって、帰って来ることだろう。
律儀にお礼のメールを入れるなんて、本当にAさんらしい。


私なら、お礼を言うべき相手に、後日会いながらも、ついつい忘れて、不義理をしてしまう。何度、自己嫌悪になったことか。