つぶやきの文字

hitto2010-03-18

ブログを2日空けるのは珍しいこと。
特筆すべき事柄もなく、ただ時間に追われるだけの場合が多いのだけれど・・自分としては時間に追われつつも出来るだけ書いてきました。
休むとどんどん気分が萎えていくのは、どれもこれも書くほどの内容じゃないから・・という馬鹿な思い上がりの感情だったりする・・だいたい最初からどうということもないブログなのだから、少し前の自ブログを読んでも分かってくるというもの。
個人のブログだと割り切って、あっさり開き直りつまらないことでも書いてみよう・・と、ここまで来るのにホンの数分費やし、つぶやきの文字を打ち込む。


今日は生協の日、我が家のガレージで荷下しをするので30分前にはガレージを適当に掃いてカゴと敷物を準備しておきます。
昨日と一昨日の風のいたずらか、お隣にそびえる杏の花びらが舞落ち、道路とガレージはバージンロードに降り注ぐ花の演出のように素敵なコントラスト、ほうきとチリトリを手に持つオバチャンが杏の木を仰ぎ、祝福されているような幸せな気持ちに浸っているのでした。

当たり前のように四季の移ろいを感じられる幸せ、先のことなど考えない。


一昨夜の9時過ぎだったか、突然けたたましくサイレンが鳴り響き慌ててベランダに出てサイレンの鳴る方を見ていた。
風が強く、こんな日に火事だなんて大事だと思っていた。
火事を知らせる(消防署からの)サイレンだけなら火事の現場は遠いことが分かるが、知らせるサイレンだけではなく、直接消防車から鳴らされているサイレンだった・・・音が近い。
3階に上がって窓を覗くと赤い炎と黒い煙が水平に流れていくのが見えていた、消防車も集まって来ているのかサイレンの音がいくつにも重なり、胸の高鳴るのを抑えながら茫然と一点を見つめていた。
近所の人が家事の方向へ自転車を走らせて行くのも見える。
一気に鎮火させたのか、30分もするとサイレンが鳴り止みいつもの闇が広がった。


人は時々、避けようもない災難に合うことがある。
突然起きた災難なら尚更のことです。
夫の同僚も1か月ほど前に家を失った。同僚は命からがら火傷を負って逃げ出したという。
先週から出勤しているが今も杖をついているという。
命拾いしたことで、人は前向きになれることに感心しました。
命が一層輝いてみえる。